かげを ぬう ゆうがたの みせ
夕がたに なると、町の かげが 長く のびます。たまきの かげも、じめんの 上で ゆらゆらと ゆれて いました。ところが その 日、かきねの とがった ところに かげの すそが ひっかかって、少しだけ やぶれて しまいました。
やぶれた ところから、かげの 色が すーっと うすく なって いきます。たまきが 歩くと、かげは 足の うごきから おくれて、ゆっくり ついて きました。おいて いかれた みたいで、なんだか さびしい 気もちに なりました。
通りの いちばん おくに、明かりの ついた 小さな 店が あります。かんばんには「かげ つくろいます」と 書いて ありました。たまきは そっと 戸を おしました。
中では、うつぎと いう 人が つくえに むかって いました。手もとには、細い 糸が たくさん まかれて います。「かげが やぶれたね」と、うつぎは 顔を あげずに 言いました。
「どうして 分かるの?」と たまきが 聞くと、うつぎは ゆびを さしました。戸の ところで、たまきの かげが まだ 外に のこって います。やぶれた かげは、へやに 入るのが 少し にがてなのだそうです。
うつぎは たなから 糸を ひとまき とりました。夕がたの 空の 色が、そのまま 糸に なった みたいです。「これは、日が しずむ 前の 光を よった 糸だよ」
たまきは いすに すわり、かげを ゆかに ひろげました。うつぎは かげの やぶれた ところに はりを 通します。ちくり、とも しません。ただ、足の うらが 少し あたたかく なりました。
「かげって、なんで やぶれるの?」たまきが 聞くと、うつぎは ぬいながら 答えました。「いそいで 歩いたり、うしろを 見ないで 走ったり すると、かげは ついて くるのに いっしょうけんめいだからね」
へやの すみには、まだ とりに こられて いない かげが 何まいか、たたんで おいて ありました。小さい かげ、まがった かげ、しっぽの ある かげ。どれも しずかに ねむって いる みたいです。
ぬいおわると、うつぎは 糸を 切って、そこを てのひらで そっと なでました。ぬいめは もう 見えません。たまきが 立ちあがると、かげも 同じ 早さで 立ちあがりました。
「夜の あいだ、かげは 休んで いるんだよ」と うつぎが 言いました。「くらく なると、町じゅうの かげが 一つに なって、みんな ゆっくり ねむる」たまきは、じぶんの かげが どこで ねむるのか、少し 気に なりました。
外に 出ると、空は もう ふかい 青でした。帰り道、たまきは ゆっくり 歩きました。かげは ちゃんと、となりを ならんで ついて きます。家に つく ころには あたりは まっくらで、かげは そっと 夜に とけて いきました。たまきは ふとんに 入り、目を とじました。おやすみ。