たけあかりと つきのむすめ
むかしむかし、ぶんごの国に、きっちょむという男がおりました。はたけしごとはあまり上手ではありませんでしたが、頭のはたらきは国じゅうでいちばんだと言われていました。あるとき、とのさまがいじわるを言いました。「きっちょむ、しろのまつの木を、ねもはもいためずに、むこうの山へうつしてみよ」きっちょむはにこりとわらって答えました。「かしこまりました。それでは、あの山をまつのそばまでうごかしておいてくださいませ。そのあいだに、わたしはしたくをしておきます」とのさまはおなかをかかえてわらい、それからというもの、こまりごとがあるときっちょむをよぶようになりました。
きっちょむには、小さいころにそだててくれたおばあさんがおりました。おばあさんはなくなる前に、ひびの入ったかがみをきっちょむにわたして、こう言いました。「こまったときはな、いちばん高いところをさがすのではないよ。いちばんしずかなところを、そっと見てごらん」きっちょむには、そのことばのいみがわかりませんでした。それでもかがみはふくろにいれて、いつもこしにさげていました。
さて、その年の秋のことです。あるばん、空から月がきえました。細い雲がすうっとながれていったあと、そこにあったはずの月が、どこにもないのです。星はのこっていましたが、その光はひどく小さくて、なにもてらしてはくれませんでした。
一日目、村人たちは「雲がぶあついのだろう」と言いあいました。三日目には、だれも口をききませんでした。七日目になると、朝が来ても空はうすぐらいままで、昼でも人の顔がぼんやりとしか見えません。いねはみのらなくなり、きのみもおちず、にわとりは時をつくらなくなりました。国じゅうが、長い長い夜のそこにしずんでしまったのです。
夜のそこでは、風がひくくうなりました。北の山のほうから、だれかが大きなためいきをついているような音が、ずうっと聞こえてきます。戸のすきまから入ってくるその音を聞くと、せなかがすうっとつめたくなりました。子どもたちはふとんにもぐって耳をふさぎ、大人たちは戸にしんばりぼうをかいました。だれも、山のほうを見ようとはしませんでした。
とのさまはしろのくらをぴたりととじて、国じゅうにこうつげました。「天にのぼり、月をつれもどしたものがあれば、このくらをあけて、米をひとりのこらず分けてやろう」けれども、天にのぼる道を知っているものなど、どこにもいません。名のり出るものは、ひとりもありませんでした。
そこへ、きっちょむがすすみ出ました。「とのさま、わたしが天にのぼってまいりましょう。そのかわり、竹をかしてください。この国じゅうの竹を、一本のこらず」とのさまは目をまるくしました。「竹で天までとどくはしごを作るというのか?とどかなんだら、お前はこの国から出ていってもらうぞ」「けっこうでございます」きっちょむは、ふかく頭を下げました。
次の日から、村人たちは山に入り、竹を切りました。くらい山の中で、竹はぱきん、ぱきんとすんだ音を立ててたおれていきます。きっちょむは切った竹を二つに分けました。長くまっすぐなものは、はしごに。のこりはみじかく切りそろえて、中にあぶらととうしんをいれさせました。「これは何にするのですか?」村人がたずねると、きっちょむは答えました。「高いところからはね、大きなものひとつより、小さな光がたくさんあるほうが、よく見えるのです」だれにもいみは分かりませんでしたが、みんなだまって手をうごかしました。
ひと月かかって、きっちょむはいちばん高い山のてっぺんに、長い長いはしごを立てました。はしごは雲をつきぬけて、くらい空の中へきえていきます。のぼる前に、きっちょむは村人たちにたのみました。「わたしがふえを鳴らしたら、あのたけあかりに、いっせいに火をともしてください。田にも、道にも、やねの上にも、はまのふねにも。国じゅう、ひとつのこらずおねがいします」こしには、竹のきれはしで作ったふえが一本、さしてありました。
きっちょむはのぼりはじめました。雲の中はおもっていたよりもつめたく、そして、おそろしいほどしずかでした。のぼればのぼるほど、あのためいきのような音が近づいてきます。手がひえて、はしごの竹がきしみます。やがて雲のきれまに、黒いものがひとつ、うずくまっているのが見えました。それは山ほども大きく見えて、きっちょむの足は、そこで止まりました。
けれども、いきをととのえて近づいてみると、それは大きなものではありませんでした。長く長くかげを引きずった、小さな女の子だったのです。ひざをかかえて、顔をふせています。そのせなかから、うすいぎんいろの光が、糸のようにほそくもれていました。
「あなたが、月なのですか?」きっちょむがたずねると、女の子は顔をあげずに答えました。「わたしは、おりんといいます。ずっと空にいました。でも、だれもわたしをみあげなくなりました。みんなしたをむいて、はたらいて、ねむって、朝が来て。見てもらえないものは、少しずつきえていくのです。きえていくところを見られたくなくて、わたしは雲のうしろにかくれました」
きっちょむは、むねのおくがしんとするのをかんじました。天にのぼって月をしかってやろうと思っていた自分が、はずかしくなったのです。そのとき、おばあさんのことばがよみがえりました。いちばん高いところをさがすのではないよ。いちばんしずかなところを、そっと見てごらん。「わたしはずっと、高いところばかりさがしていました」きっちょむはそう言って、こしのふえをぬきました。
そして、雲の上でふえをふきました。細い音が、くらい空にすうっとすいこまれていきます。しばらくして、ずっとしたのほうに、小さな光がひとつともりました。それから二つ、三つ、十、百。光は田をつたい、道をつたい、やねからやねへと走っていきました。やがて国じゅうが、きんいろのつぶでいっぱいになりました。天から見おろすと、それはまるで、じめんいっぱいに広がった星空のようでした。
おりんが、そっと顔をあげました。その目に、たくさんの光がうつっています。「あの光は、なんですか?」「あなたをみあげている人たちです」ときっちょむは言いました。「みんな、あかりをもって外に出て、空を見ています。ずっと見ていましたよ。あなたが見えなくなってからも、まいばん、あなたのいたところをみあげていました」
それからきっちょむは、こしのふくろからひびわれたかがみをとりだして、おりんにさしだしました。「これはおばあさんの形見です。ひびが入っているので、月をうつすと、いつもかけて見えました。それでもおばあさんは、まいばんこれであなたを見て、かけていてもきれいだと言っていました」おりんはかがみをのぞきこみ、それから、ふっとわらいました。糸のようにほそかったぎんの光が、ぱっとふくらんで、雲を白くそめました。
きっちょむが山をおりるころには、空に月がもどっていました。丸くて、大きくて、少しはにかんだような月でした。とのさまはやくそくどおりくらをあけて、米を国じゅうに分けました。そのとのさまも、手にはたけあかりを一本もっていたのです。「わたしは天にはのぼっておりません」ときっちょむは言いました。「はしごは雲までしかとどきませんでした。月をつれもどしたのは、火をともしてくれたみなさんです」
それからぶんごの国では、秋になるといつも、たけあかりのまつりをするようになりました。田にも道にも、やねの上にも、小さな光がならびます。みんなはそれをともしてから、そろって空をみあげます。あなたのいるところからも、きっと同じ月が見えます。今夜も、だれかがちゃんとみあげていますよ。ゆっくりいきをして、おやすみ。