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日本昔話

ときまると いわとの こえ

むかしむかし、ひがしうみから西にしのすなのはらまで、あるいて三月みつきもかかるおおきなくにがありました。くにのなかほどには、てんまでとどきそうないしやまがそびえ、そのやまのふもとから、くにじゅうのやはたけをうるおすおおきなかわがながれだしておりました。

ところがあるとしあき、そのかわみずが、ふいにほそくなりはじめました。はじめはゆびほど、つぎのつきにはいとほど、そしてとうとう、かわぞこのいしがすっかりかわいて、しろくひびわれてしまいました。

なぜみずがとまったのか、くにのがくしゃたちがしらべました。いしやまのいちばんたかいところに、いつのころからか岩戸いわととよばれるおおきながあって、そのがぴたりととじてしまったからだというのです。

くにのおさは、いちばんちからのあるだいじんに、たくさんのひととどうぐをあずけました。だいじんはつるはしとおおづちをやまへはこびあげ、岩戸いわとをたたきました。けれどもは、たたけばたたくほどふかくしずみ、やまいしとひとつになっていくばかりでした。

やまのふもとのちいさなてらに、ときまるというこぞうがおりました。としななつ。せはこめだわらほどしかありませんが、このあたまなかでは、いつもかぜがくるくるとまわっているようでした。

ときまるのははは、ときまるがあかんぼうのころ、とおさとへはたらきにたままかえってきませんでした。ははがのこしていったものは、ふちのかけたちいさなちゃわんひとつと、ひとつのことばだけでした。「こまったときには、こたえをさがすまえに、たずねてごらん」

あきがすぎ、ふゆがすぎ、はるになってもみずかえりません。はかわき、いどはそこをせ、たびのひとみずがめをかかえてくにそとていきました。よるむらはしんとして、いぬさえきませんでした。

そんなあるよる、ときまるはひとりでやまへのぼりました。つきのないよるで、山道やまみちにはしろいきりがひざのたかさまでたまり、自分じぶんあしがきりのなかにきえてえないほどでした。うしろから、だれかがついてくるようなけはいがありました。ふりむいても、きりのほかにはなにもありません。

岩戸いわとまえまでると、そのけはいはぴたりととまりました。そしてのむこうから、みずのそこからこえてくるような、ひくいこえがしました。「またたたきにたのか?おまえたちのおとは、もうきあきた」

ときまるは、こしをおろしてまえにすわりました。「たたきにはていません。はなしにました」こえはしばらくだまっていました。それから、すこしおどろいたようにいました。「はなし。……そんなことをったひとは、千年せんねんぶりだ」

みっつのといにこたえられたら、をあけてやろう」とこえいました。「ひとつ。よのなかでいちばんおもいものはなんだ?」ときまるはすこしかんがえて、こうこたえました。「あけてもらえないまま、あさをまっているひとこころです」

「ふたつ。よのなかでいちばんながいものはなんだ?」ときまるは、かわきうえがったかわおもいうかべてこたえました。「ひとばんです。みずをまつひとのひとばんは、どんなかわよりもながくつづきます」

こえは、ふう、といきをつくようなおとてました。「みっつめ。……このやましたにねむるみずを、ひとくちですっかりのみほしてみせよ。ひとしずくのこさず、ぜんぶだ」

これは、いくらかんがえてもこたえのでないといでした。ときまるはふところから、ははちゃわんをとりだしました。ふちのかけた、ちいさなちゃわんです。そして、のほうへこういました。「わたしがひとくちでのみほしますから、そのぶんのみずを、このちゃわんに、いっぺんにれてください」

のむこうで、ながいあいだ、なんおともしませんでした。やがて、くすりという、おもいがけないほどわかい、わらいこえこえました。「れられるものか。そんなちゃわんにおさまるはずがない」「では、わたしにものみほせません。おあいこです」

ごとり、とおもいおとがして、岩戸いわとがわずかにひらきました。そのすきまからながれだしてきたのは、みずではなく、うすいあおひかりでした。ひかりおんなのかたちになって、ときまるのまえちました。ながいかみが、みずのながれのようにゆれています。

「わたしは、このやまみずをまもるものだ」とおんないました。「千年せんねんのあいだ、ひとみずをくんでいき、くんだみずのことなどわすれていった。だれもわたしにはなしかけなかった。だからをしめた。みずがおしいのではない。だれかに、ひとことだけいてほしかった」

ときまるは、ははのことばをおもいうかべました。こたえをさがすまえに、たずねてごらん。ときまるはおんなにたずねました。「あなたの名前なまえは、なんというのですか?」おんなはしばらくだまって、それからちいさなこえいました。「……名前なまえは、もらったことがない」

「では、わたしがつけてもいいですか?」ときまるは、ひらいたのすきまからのぞく、つきのようにしずかなみずのおもてをいました。「みなも。みずのおもてのように、だれのかおもうつすひとだから」おんな自分じぶんのひらをじっとて、それから、はじめてわらいました。

そのとき、やまがゆるやかにふるえ、岩戸いわとおともなくひらききりました。なかからあふれだしたみずは、しろうまのむれのようにやまをかけおり、かわいたかわぞこを、むらを、を、みるみるうるおしていきました。朝日あさひひかりが、そのみずうえでいちどきにはじけました。

やまをおりたときまるをまっていたのは、つるはしをもっただいじんでした。だいじんはしばらくときまるをおろしていましたが、やがてつるはしをつちうえにおろし、こしをふかくまげていました。「わたしは千日せんにちたたいて、あけられなかった。おまえは、ひとばんたずねて、あけた」

くにのおさは、やまのふもとにちいさなおみやをてました。たからものはひとつもおきません。かわりに、みずをくみにひとが、みなもにひとことだけこえをかけていく、というならわしをつくりました。「今日きょうもありがとう」「よくれましたね」たったそれだけのことです。

それから、そのくにかわは、いちどもかれませんでした。ときまるはおおきくなって、くにじゅうのこまりごとを、たたかずに、たずねてとくひとになりました。ふちのかけたちゃわんは、おみやのなかに、いつまでもそっとおかれていたそうです。

つきあかるいよるには、やまうえで、みずがくすりとわらうようなおとがするといいます。それは、だれかに名前なまえをよばれて、うれしくてたまらないときのおとです。

おやすみ。

おしまい

🌙

おやすみなさい